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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1818号 判決 1967年8月10日

和歌山県有田郡藤並村熊井三、四五一

控訴人

山下一男

右訴訟代理人弁護士

岩橋東太郎

大阪市東区大手前之町二

被控訴人

大阪国税局長

高木文雄

右指定代理人検事

氏原瑞穂

法務事務官 吉田周一

大蔵事務官 戸上昌則

同 山西偉也

右当事者間の所得金額確定控訴事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

(控訴人の求める裁判)

「原判決を取消す。

被控訴人が控訴人に対し昭和二六年四月二日付でした控訴人の昭和二四年度所得税についての審査決定を取消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」

との判決。

(被控訴人の求める裁判)

主文同旨の判決。

(当事者の主張ならびに証拠の関係)

次に記載するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する(ただし、同判決三枚目裏一一行目に「8」とあるのを「7」と、同五枚目裏七行目に「商」とあるのを「高」と、同六枚目裏二行目「浜瀬」とあるのを「浜の瀬」と、同七枚目表三行目に「柳原」とあるのを「栖原」と、同八行目に「引本漁業組合」とあるのを「引本漁業株式会社」と、それぞれ改める)

控訴人において

一、控訴人は原審で昭和二四年度事業関係の収支中(3)総仕入高を金七、六六五、四九六円三九銭と主張したが、これを金七、八〇〇、七四八円一一銭と訂正する。その理由は次のとおりである。

(一)  控訴人は原審で薬師製綱所からの仕入金額を金三五八、四〇二円八三銭と主張したが、その後同年中の同製綱所との取引高明細書(甲第四七号証の一ないし三)が発見され、同製綱所からの同年度の仕入金額は三五万九、八八四円五五銭であることが明確になつた。したがつて、原審が被控訴人主張に従い同年度同製綱所からの仕入高金一万六、五八三円八〇銭と認定したのはあやまりである。

(二)  また、控訴人は原審で証拠書類の発見がおくれたため主張しなかつたが、昭和二四年一一月大阪市西区山崎佐次郎商店からマニラロープ一号品合計一三三、七七〇円の仕入があつたものである。(甲第四九号証)

(三)  右(一)の増額分と(二)の合計金一三五、二五一円七二銭が原審での控訴人の主張額より増額となり、結局、昭和二四年度の控訴人の仕入高総計は金七、八〇〇、七四八円一一銭となるのである。

二、したがつて、控訴人の昭和二四年度の事業関係収支は、

(1)  総売上高 六、七五八、七二三円

(2)  期末棚卸高 一、七六一、二七一円七一銭

(3)  総仕入高 七、八〇〇、七四八円一一銭

(4)  期首棚卸高 一五四、〇三六円四〇銭

(5)  必要経費 四九九、三五三円

であり、控訴人の同年度における事業所得は右((1)+(2))-((3)+(4)+(5))………………六五、八五七円

であり、これに同年度中の農業所得…………………四八、五九五円を加算すると、控訴人の昭和二四年度における総所得金額は…………………………一一四、四五二円一八銭

である。

と陳述し、(控訴人は被控訴人主張の控訴人の昭和二四年度の期末棚卸高金一、七六一、二七一円七一銭については争がないとしながら、控訴人が提出した昭和三九年九月三〇日附準備書面においてこれを金一、七六一、二七一円二三銭と記載しているが、右は金一、七六一、二七一円七一銭の誤記と認める。)

被控訴人において

一、控訴人の当審における新主張を否認する。

二、湯浅漁業会に対する控訴人の昭和二四年度の売上金額について次のとおり補足主張する。

(一)  本係争年中において、山家竹松・日高庄次・山本政次郎・引網幸太郎の四名が、同漁業会から買受けた漁網等を、直接控訴人に返品した事実は全然ない。

(二)  仮に、山家等四名が、漁網等を控訴人に返品した事実があつたとしても、その返品の時期が明確でない以上、当該返品の金額を控訴人の係争年中の収入金額から控除すべき理由はない。

なんとなれば、簿記会計上、商品等の返品(売上戻り)は、既往の売上に対する修正取引として、売上金額を減少せしめるものであるから、売上からの控除項目としてその確定の時点でこれを処理するのが原則である。

しかして、その返品の金額は、返品の事実が確定したとき、すなわち、返品する旨の通知が買主から売主に到達した日、若しくは売主が当該商品等を返品として受取つた日を含む事業年分の売上金額から控除すべきである。

しかるに、これに関する甲第一九ないし第二二号証成立の経緯その内容原審ならびに当審証人山家竹松等供述を仔細に検討すれば明らかなように、同人らが湯浅漁業会から買入れた漁網等を控訴人に直接返品した事実そのものが実にあいまいであり、いわんやかりに返品したものとしてもその時期にいたつては全く以て不明であつて、ことさらこれを係争年たる昭和二四年中の返品とするなんの根拠もない。

したがつて、係争年中における湯浅漁業会に対する控訴人の売上高は、金四四二、三九七円三一銭であつて、これより山家等の返品金額があつたとして差引をなすべきではない。

と陳述し、

証拠として、

控訴人において、甲第四七、第四八号証の各一ないし一三、第四九号証を提出し、当審における証人山崎恒久、同藤田豊一、同桶谷周三および控訴本人の各供述を援用し、乙第三二号証の成立は不知と述べ、

被控訴人において、乙第三二号証を提出し、当審証人山本政次郎、同日高タカヱ、同山家竹松の各供述を援用し、控訴人が当審において新に提出した右乙号証の中、乙第四八号証の四の官署作成部分の成立を認めるがその余の部分の成立は不知、その余の乙号各証の成立はいずれも不知、と述べ、

た。

理由

一、当裁判所の事実の確定ならびに法律判断は、次に訂正、補充するほか、原判決理由に記載するところと同一に帰するからこれを引用する。

二、原判決理由一、中、一枚目裏一〇行目に「これら」とあるのを「これから」と改め、同二枚目表二行目「ついて」の次に「の主張が」を加え、同七行目「原告の」の次に「右」を加え、同裏初行「一、二七一銭」とあるのを「一、二七一円七一銭」と改める。

三、原判決理由二、(総売上高)中三枚目表二行目「浜瀬」とあるのを「浜の瀬」と、同六行目に「柳原」とあるのを「栖原」と、同七行目に「引本漁業組合」とあるのを「引本漁業株式会社」と、同八行目に「南部漁業組合」とあるのを「南部漁業会」とそれぞれ改める。

四、原判決理由二、(総売上高)3全部(四枚目裏二行目から五枚目裏七行目まで)を次のとおり改める。

3 湯浅漁業会

(一)  被控訴人は、控訴人の右漁業会に対する右年分の売上高を金四四万二、三九七円三一銭(ただし、運賃諸掛り金二万一、九二七円を差引いたもの)であると主張し、控訴人は金三三万五、一五八円であると主張する。

(二)  成立に争のない甲第一八号証、原審証人栩野常次郎の証言によつて成立の認められる乙第二七号証と同証人の証言を総合すると右漁業会が右年度中に運賃諸掛を含めて金四六万三、三二四円三一銭のマニラロープ漁網等を控訴人から買入れたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(三)  弁論の全趣旨から、控訴人は、「山家竹松、日高庄次、山本政次郎、引網幸太郎は右漁業会の組合員であるところ、昭和二四年度に同漁業会が控訴人から買受けた漁網の配給を受けたが、それが同人らの漁業に適しなかつたので直接控訴人に返品したが、その価格は山家金八、七九四円六一銭、日高金三万二六二円、山下金三万七、四六七円、引網金四万五、九八五円七〇銭以上合計金一二万二、五〇九円三一銭となる」と主張するものと解せられるが、甲第一九ないし第二二号証、原審証人引網幸太郎原審ならびに当審証人山家竹松、同山本政次郎、当審証人日高タカヱの各供述を以てしてもいまだ控訴人の右主張事実を認めるに難く、ほかにこれを認めるに足る証拠はない。

すなわち、右甲第一九号証は、山家竹松が湯浅漁業会から配給してもらつた品は同人の必要な規格でないので左記のとおり直接控訴人山下製綱所へ一応返品した、記、一金八、七九四円六一銭、右相違ない旨を記載した証明書で、山家竹松の氏名の記載と印のおされてあるものであり、甲第二一号証は山下政次郎の綟網代金三万七、四六七円についての右同様の形式の証明書であるが、いずれも、書面自体の作成年月日の記載を欠くのみならず、その証明にかかる配給、返品、したがつて、金額受領の時期についてはなんら記載するところのないものであり、同第二〇号証は日高庄次の綟網代金三万二六二円につき、同第二二号証は引網幸太郎の網代金四万九八五円七〇銭につき、前同様の形式をもつた証明書であり、いずれも書面自体の作成年月日(前者昭和二八年一〇月一二日後者同月一五日)の記載はあるが、その証明にかかる配給、返品、したがつて、金額受領の時期についてはなんらの記載のないこと甲第一九、二一号証におけると同様のものであり、原審証人日高庄次、同引網幸太郎、当審証人日高タカヱ、原審ならびに当審証人山家竹松、同山下政次郎の各供述を以てしてもその点は少しも明確にし得ないところであつて、右各書証の成立が必しも明らかでないものがあるのと相まつて、右証拠を以てはいまだ以て控訴人の右主張事実を認めがたいといわざるを得ない。

そうすると、同年度における控訴人の同漁業会に対する売上高は上記金四六万〇、三二四円三一銭から被控訴人の自認する運賃諸掛り金二万一、九二七円を差引いた金四四万二、三九七円三一銭であつたものと認められる。

五、原判決理由二、(総売上高)中マニラロープ、漁網関係の結び(同七枚目表七・八行目)に、「原告主張のとおり六六〇万一二円であると認められる。」とあるのを「金六七〇万二、八九一円三一銭であると認められる。」と改め、同(総売上高)の結び(同一〇枚目裏一一・一二行目)に「原告の昭和二四年度における総売上高は六七七万六五一九円となる。」とある金額を「六八七万九、三九八円三一銭」と改める。

六、原判決理由三、(総仕入高)中、2、薬師製綱株式会社関係部分(同理由一一枚目裏七行目から同一二枚目表三行目まで)を、次のとおり改める。

2 薬師製綱株式会社

被控訴人は、控訴人の同会社(当時はその前身の個人経営たる薬師製綱所)からの仕入高が金一万六、五三八円八〇銭(運賃一五五円を加算し、値引き二三六円一〇銭を差引いたもの)であつたと主張し、控訴人は、これを金三五万九、八八四円五五銭であると主張するので、これを検討する。

成立に争のない乙第一六号証の一、二と原審証人薬師祥一の供述を総合すると、被控訴人主張事実(ただし、値引金額は二三六円二〇銭であつたこと)を認めることができる。

控訴人は、さきに原審において、右製綱所からの係争年度中の控訴人の仕入高は金三五万八、四〇二円八三銭であつたと主張し、その立証とし甲第三九号証(薬師製綱所代表者薬師祥一の氏名の記載押印のある昭和二四年一二月三一日附控訴人宛証明書で、同年一月一日から一二月三一日までの売掛総額は金三五万八、四〇二円八三銭(立替運賃取引高税含)は相違ない旨を記載したもの)を提出していたが、のち当審にいたつて、その後同年中の同製綱所との取引高明細書が発見され、同製綱所からの同年度の仕入金額が三五万九、八八四円五五銭であることが明確になつたと主張し、立証として甲第四七、四八号証の各一ないし一三を提出し、当審において控訴本人は右主張にそうような供述をする。

しかしながら、控訴人の、本係争年度から実に一五年本訴提起の日(昭和二六年一〇月二四日)からも約一三年の日時を経過した当審第二回口頭弁論期日における右書証の提出、第四回口頭弁論期日における右新主張は、当審における控訴本人の第一審敗訴後家中を捜した結果右書証を発見するにいたつたとする供述によつても、なお、もつともと思われる事情の存在の証明にかけるところがあつて、まず、この点において疑をさしはさまざるを得ないものがあるのみならず、右控訴本人の供述も、右書証そのものも、当審証人藤田豊一、同桶谷周三の各供述と対比しながらくわしく点検すると、とうていこれを以て、上記認定事実をくつがえし、控訴人主張事実を認めしめるものとなしうる限りでない。

すなわち、甲第三九号証は、すでに、その金額において、控訴人の当審において主張する控訴人の薬師製綱所からの仕入高と相違するものであるが、当審証人藤田豊一の供述によつて成立の認められる乙第三二号証と同証人ならびに原審証人薬師祥一の各供述を総合すると、右甲第三九号証(証明書)は、薬師製綱所の営業担当事務員藤田豊一が、控訴人から「実際の取引ではないが、税務署に出す必要があるので、この書類に印を押して欲しい。迷惑はかけないから……」といわれ、一旦断つたが何回も頼まれ、同製綱所(当時会社)社長薬師祥一も控訴人から同趣旨の依頼を受け帳簿を探したが見当らず一旦断つたが再三依頼されるので、藤田に対し「然るべく処理しておけ」と命じたので、藤田は帳簿も見ず控訴人の「これだけの取引があつたように思うから」というままに記載し代表者の認印を押したものであり、その作成日時も、記載の日付の昭和二四年一二月三一日よりは相当年数を経た後であることが認められるのであつて、これを採つて控訴人主張事実を認める資料となし難い。

当審において控訴本人は甲第四七、四八号証の一ないし一三を以て薬師製綱所と控訴人の取引の実際を記載したものである旨の供述をし、なるほど甲第四七号証の一ないし一三記載の金額を合計すると、控訴人が新に同製綱所との係争年中の取引高と主張する金三五万九、八八四円五五銭となる。

しかしながら、甲第四七号証の六はそれ自体発行年月日の記載を欠き当審証人桶谷周三の供述を以てしても何時それが作成されたものか明らかでなく、ほかにその作成日時を確認する証拠はなく、当審証人藤田豊一、同桶谷周三の供述によれば、甲第四七号証の三は宛先と日付のみを薬師製綱所の事務員桶谷周三が記載し、その余は別人が作成したものであるが、このようなことは通常請求書作成過程としてはあり得ないことが認められ、甲第四七号証の五(請求書)は、その取引年月日取引品目等からみて甲第四八号証の八(出荷案内書)と対応する取引と見るのが相当であるにかかわらず、請求書の日付(昭和二四年五月二日)が出荷案内書の日付(同月七日)よりも先となつているのであつて、このようなことは通常の取引上あり得ないことであるが、当審証人藤田豊一の供述を以てしても、それにもかかわらず、右書類が正常の取引過程において作成されたものと認められうる事由はなんら解明し得ず、ほかにその資料はなにもない。

のみならず、当審証人桶谷周三の供述によると、同人は甲第三九号証の作成には関与しないものであるが、控訴人から税金のことについて頼まれ何かを書いたもので、頼まれて書いた以上控訴人に有利なように偽のこと書いたような記憶を有することが認められ、このことからしてもたやすく甲第四七、四八号証の一ないし一三の書証をとつて控訴人主張事実を認めることは困難であるといわざるを得ない。

ほかに、本項冒頭の認定を左右するに足るなんらの証拠もない。

七、原判決理由三、(総仕入高)の7、楠部商店関係分(同理由一四枚目裏初行)の次に、左記を加える。

8、(控訴人の、昭和二四年中の、山崎佐次郎商店からの仕入高について)

控訴人は、本係争(昭和二四)年中に右商店から、金一三万三、七七〇円の仕入があつたと主張する。

そうして、控訴人が当審において提出した甲第四九号証には、山崎佐次郎商店の控訴人山下製綱所宛の、昭和二四年一二月一〇日付、同日、マニラロープ、経一寸一分のもの五丸、一、六七五封度、単価金四、二〇〇円代金一〇、三五〇円、同日、同号品、経八分のもの八丸、一、五一〇封度、単価四、二〇〇円代金六三、四二〇円、合計金一三三、七七〇円の請求書としての記載がなされており、その用紙は一見相当古いものと認められないではなく、当審証人山崎恒久は、右請求書は同人がその日附の日に記載したものでありその日に発行したものに違いないと思う旨、その用紙は同商店が終戦前に作成したもので、その山崎佐次郎商店の文字にかけて押してある山崎の印は山崎佐次郎のものであり現存しているが現在は使つていないものである旨の供述をしている。

しかしながら、控訴人は、薬師製綱所からの仕入高の項においてすでに判示したと同様に、係争年度から一五年本訴提起の日からも約一三年の長年月を経過した昭和三九年七月六日当審第二回口頭弁論期日において、はじめて、右書証を提出し、同年九月三〇日第四回口頭弁論期日において、はじめて、右主張をなすにいたつたものである。

控訴人は、単に右書証の発見がおくれたと主張し、当審において、控訴本人は第一審で敗訴後家捜をしてこれを発見したと供述するが、右供述を以てしてもその発見がそのようにおくれたということについて、もつともと思われる事由についての証明に欠けるところがあり、まず、この点において、疑を禁じ得ないものがあるのみならず、当審証人山崎恒久の供述によれば、もと大阪市西区南堀江にあつた山崎商店は昭和二〇年戦災で焼け昭和二四年当時山崎佐次郎は帝塚山に居住し、恒久は同人と同居中佐次郎の依頼によつて右請求書を記載したというのであるが、同証人の供述によると恒久は、昭和一八年軍隊に入るまでは父佐次郎の商売の手伝をしていたが、終戦復員後は別の会社に勤め、日曜など手のすいているとき佐次郎の商売の手伝をする程度で、昭和二四年六月にはすでに会社を設立して電熱線の販売を始めているのであつて、同年一二月ころはなんら佐次郎の商売には関与せず、控訴人主張の取引内容については全く関知しなかつたもので、本請求書は佐次郎が取引のメモを読むのを同証人が記載したというものであつて、同証人の供述によると、控訴人主張の当の取引の相手方山崎佐次郎は昭和三四年一二月まで存命しているのであるが、何故控訴人との取引についてさして手数を要するとも思われない右請求書を自分で記載せずなんら関知するところのなかつた同証人に記載せしめたものかも明らかでなく、結局、同証人の昭和二四年一二月一〇日右請求書が記載されたとの供述は、たやすく措信しがたいところであり、その内容においても同商店との取引の実際が記載されたものとは容易に認めがたいものがあり、甲第四九号証および同証人の供述を以てはいまだ控訴人主張の山崎佐次郎商店との取引の事実を認め得ず、ほかにこれを認めるに足る証拠はない。

したがつて、控訴人のこの主張は採用できない。

八、原判決理由三、(総仕入高)の結び(理由一四枚目裏三ないし五行目)に「原告の昭和二四年度における総仕入高は七三一万九、二七七円八〇銭であると認められる。」とある数額を「金七三一万九、二七七円八二銭」と改める。

九、原判決理由四、(必要経費)の結び(理由一七枚目表一一行ないし終行)に「以上のとおりであつて原告の昭和二四年度の必要経費は前記認定の各金額に冒頭の当事者間に争のない経費の金額を加算して四九万二、六六四円二銭となる。」とあるのは計算違と認められるので右金額を「金四九万一、六六一九円二〇銭」と改める。

一〇、原判決理由五、要約全部を次のとおり改める。

五、(要約)以上判示したところに従つて、控訴人の昭和二四年度における事業関係の収支を要約すると次のとおりである。

1  総売上高 金六八七万九、三九八円三一銭

2  期末棚卸高 金一七六万一、二七一円七一銭

3  総仕入高 金七三一万九、二七七円八二銭

4  期首棚卸高 金 一五万四、〇三六円四〇銭

5  必要経費 金 四九万一、六一九円二〇銭

従つて、控訴人の同年度における事業所得は(1+2)-(3+4+5)で金六七万五、七三六円六〇銭となる。

そして、これと前示農業所得金四万八、五九五円を加算すると、控訴人の本係争昭和二四年度における総所得金額は金七二万四、三三一円六〇銭となる。

そうして、右総所得金額は湯浅税務署長の更正決定及びこれを是認した被控訴人の審査決定における控訴人の総所得金額四四万八、五九五円を上まわるものであることは明らかであるから、被控訴人の本件審査決定にはなんらの違法もないといわなければならない。

一一、(結び)

上来判示するとおり、控訴人の本訴請求は理由がないから棄却を免れず、これを棄却した原判決は相当で本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 宅間達彦 判事 古崎慶長 判事小林謙助は退官につき署名捺印することができない 裁判長判事 宅間達彦)

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